「サイン盗み」問題でわかった貴重な”選手”とは?

プロ野球

野球界では「サイン盗み」という問題がずっとつきまとっている。

野球というのは相手が投げたボールを打つという事象の繰り返しによって成り立っているスポーツだ。いわば「打つか、打たないか」という駆け引きのスポーツである。

駆け引きになると当然その確率を上げるためにあの手この手“工夫”をして行くのだが、これが行き過ぎると「サイン盗み」などのスポーツマンシップに反するインシデントに発展する。

野球自体はいろんな技術や周辺のテクノロジーの変化により全体的にレベルが高度になっているのだが、昨今、その使い方や本来の野球の楽しさを見誤っているようにも感じる。 ここでは、それらの問題が発生してしまう理由を紐解き、野球本来の“奥ゆかしさ”や“楽しさ”を改めて伝えさせもらいたいと思う。野球は本来もっと“面白いもの”なんだと。

自分の“頭”を使うのが野球本来の楽しさ

あの天才イチローが引退会見の中でこう語ったのは記憶に新しい。

「(2001年から最近にかけてアメリカの野球が)頭を使わなくてもできてしまう野球になりつつあるような。選手も現場にいる人たちもみんな感じていることだと思うんですけど、これがどう変化していくか。

頭使わないとできない競技なんですよ、本来は。でもそうじゃなくなってきているというのがどうも気持ち悪くて。」

これは非常にシンプルだが的を射ている。前述した通り基本的には「相手が投げてくる」ところから始まる受け身のスポーツだ。

だからこそそれに対して「どういう風に対応するのか?(打つのか、打たないのか)」自分の頭で感じて、反応する。そしてその結果をもって自分自身の技術的な精度や試合の“流れ”や投手との“駆け引き”をチューニングして行く。 そういった不確定要素が複雑に絡み合いながらも打者対投手、さらにははチーム同士の勝負が決してゆくというのが本来の野球の醍醐味である。各プレーヤーの“頭の中”をぶつけ合った結果というのは、観ている側にとっても“どう捉えるか?”という視点が多角的になるし、野球というスポーツが立体感を持ち、よりその醍醐味に奥行きが出る。

”おもろいヤツ”が絶滅の危機?

自分が少年時代に野球やってた時、何故かわからないけど相手投手の癖とかやキャッチャーのサインなどを読む事が”得意”なヤツがいました。

というか結構いませんでした?

こういうヤツって、ある意味”野球自体”を凄く知っていて、体の使い方の癖とか、野球を”する”のが好きというより”観るのが好き”っていうタイプだからその辺りの洞察力が研ぎ澄まされて、一つの能力として確立されてゆく。


で、人間自体の観察眼も鋭いから、チーム内での伝達方法とかも頭使ってうまく考えることができる今思うとこういう選手って凄く貴重だったのかもしれない。

でも、最近はそういう”おもろいヤツ”が絶滅危惧種的になってきてる。

そういう面白いヤツって本当は野球を好きでいてくれるはずなんだけども、そういう野球の見方をしている人自体が少ないから“ファン”としても引き留めることができていない。

野球人気の低迷も叫ばれているが、実はこの辺りの層を「野球という実技」から離れた後に引き止められていないのも要因の一つだと思っている。

「サイン盗み」問題は甲子園にも

最近、「サイン盗み問題」は甲子園にまでおよんでいるが、これに【気持ち悪さ】を感じている。仮にサイン盗みが実際に行われていたとして、それはその行為もさることながら、「盗んだサインをベースにそのままプレー」をしていること。

これは自分の頭で考えるという意識はなく「目先1球や1勝を優先していること」を意味しており、無機質なロボットが野球というゲームを行なっている、ようにも感じる。まるで天上人の野球の神様が、雲の上からリアルな球児を操って野球ゲームに興じているように。

その要因の一つは高校野球という仕組みだろう。

アマチュアである高校野球は「トーナメント形式」であり、もちろん負けたら終わり。結果として”野球自体のプレー能力の高い野球選手”を集めて、教育し、目先の1球や1勝を重視する勝利至上主義がはびこりやすくなってしまう。

各選手の野球脳が一番鍛えられる育成期間で横行する”勝利至上主義”が考えない選手、思慮の浅い野球を生み出してしまっているというのは残念だ。

前述したようなヤツがやる”プレー”を真似しようとしても、その”プレー”は身振り手振りが全面に出てしまう思慮の浅い手法になってしまう。

前述したような“おもしろいヤツ”は、本来的にはプロ野球とか大学野球とかの長期的に戦っていくリーグ戦だと非常に重宝されるのだけれども、いかんせん、この最高峰の野球フィールドに行き着く前の高校野球で、この種の”選手”はトーナメント形式で力を発揮しづらいからチームでも自然淘汰されてしまいがち。

気づかない間に“おもろいヤツ”を絶滅に追い込んでいる。 逆説的に言えば、そういう若い選手に正しい指導と情報を提供して導いてあげれば、日本らしい奥ゆかしい野球を育むことも可能だ。情報技術は飛躍的に進化したし、Youtubeで現役メジャーリーガーが変化球の投げ方を教えてくれる時代。テクノロジーとうまく共存していくことできっと野球本来の“楽しさ”を再発見できるようになる。

本来の奥ゆかしき”野球”

イチローはさらにこんな風にも。

「日本の野球がアメリカの野球に追従する必要なんてまったくなくて、日本の野球は頭を使う面白い野球であってほしいなと思います。アメリカのこの流れは止まらないので。せめて日本の野球は決して変わってはいけないこと、大切にしなければいけないことを大切にしてほしいなと思います。」

もちろん勝負事だから、負けるのは面白くない。
それは勝った方良いのはいうまでもない。
でも、”どう勝ったのか?”とか”どうしたら負けないのか?”とかそういう本質的なところを【考え抜ける選手】が多く出てくるのを楽しみにしたい。

もっと”自分のプレーや体現しようとしている野球の理由”を語れる選手。野球が知的な魅力もある部分を、その奥ゆかしき魅力を語れる選手が現れてくれると嬉しい。

高校でも少ない練習時間でサイエンスを用いてチームを強くしようとしているところやチーム内でも「分析班」を創設して、チームの勝利に貢献しようとするところ、大学でも投球の回転数を測定し、科学的アプローチで練習の質向上、個人のレベルアップに取り入れる…というような動きもある。これが野球の奥ゆかしさを伝える伝道師の育成にも繋がってほしいと切に願う。 と同時に、結局のところイチローロスを抜けられてない。